金森穣「black ice」への小言
稲倉HPの方に、先週末に新国立劇場で見たNoism04の公演「black ice」(金森穣)について感想を書きました。
芸術監督としての務めは立派に果たしたと思う。偉い。でも、振付家としては一歩後退ではないかという気もするのだ。そこで今回は、金森に期待する者の一人として、あえて残念な点をぶつぶつと書くことにする。一言で言えば、作品作りにおいて保守化したと思う--失敗は許されないというプレッシャーは相当なものだっただろうと察しもするのだが。保守化ポイントは3つ・・・
まあ、良かったんですけれどね。あえて、ぶつくさ言いたくもなったので、そっちを中心に書きました。よろしければこちらをお読みください。
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» Noism04:「black ice」 [Wonderland]
ダンサーとして振付家としてめざましい活躍を見せる金森穣が今年4月、りゅーとぴあ新潟市民芸術会館舞踊部門の芸術監督に就任。新潟レジデンスのプロフェッショナル・ダ... [Read More]
Tracked on December 14, 2004 at 22:09
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石塚さん、コメント有り難うございました。などと、2カ月近く経ってレスするのも恐縮ですが、2月・3月は公私ともに多忙で、このブログは放置状態でした。
「他を引っ張っていくような状態でもいいから最初から踊ってもらいたかったです」との感想、私も共感するところがあります。振付家・メインダンサー・芸術監督の3つをこなすのは過酷なことだと思いますが。7月には世田谷パブリックシアターで、近藤良平、黒田育世、アレッシオ・シルヴェストリンというびみょーなラインナップが振付をする「Triple Bill」の公演がありますね。いろいろな意味で今から楽しみにしています。
Posted by: ine | April 08, 2005 at 14:03
昨年12月に観た公演の批評を今になって読ませていただいたのも、来週金森穣の公演をアートスフィアに観に行く上で、前回の公演(=「black ice」)の消化不良(的気分)は一体何が原因だったのか再考したくなったからです。コメントを読ませていただき、納得しました。特に第2部と第3部に関しては同意見です。第1部については、正直なところ、座席が前過ぎた上に、座高が高い前の人の頭によって視界の半分ぐらいを遮られてしまったために集中力に欠け、舞台で展開されていることを把握できなかったからです。(舞台に寝られてしまうと何も見えない状態でした。)
第2部はまずダンスそのもの(振付)の完成度が高かったことと、ダンサーがそれを踊りこなしていたために、作品全体に緊張感もあって良かったと思いました。第1部で萎えた気持ちが、第2部になって「おおっ、これは。。。」と思い直させられ、第3部への期待につながったのですが、そんな期待ははかなく崩れ去ってしまいました。
第3部では「混沌とした世界」を描きたかったことは理解できても、セット撤収については、私もピナ・バウシュの「バンドネオン」の影響かと思いましたし、最後に一人だけ残って踊った時にはなぜ最後だけ出てきて踊るのか(途中の登場と短い踊りはありましたけれど。。。)、と思いました。金森穣と他のメンバーの間にはダンスのうまさに格段の違いがあるのは踊りを見れば明らかです。だからこそ「大御所登場」という感じで踊らずに、他を引っ張っていくような状態でもいいから最初から踊ってもらいたかったです。第1部からのフード付きでの登場、そして段階を踏んでの踊りへの参加を見ていて、「もしかして、最後にフードをとって一人で踊るかも。。。」と思っていたら嫌な予感が当たってしまいました。
3つの異なる作品を合わせてみました、的な統一感のない公演だったと思いました。批評家の中には、金森穣の自分探し、自己の解体だと評する人もいらっしゃるようですが、それがテーマだったとしても、もっと統一感のある解体の仕方(見せ方)もあるのではないかと思います。
Posted by: 石塚美佳 | February 19, 2005 at 02:31