内藤礼『地上はどんなところだったか』


■作品の背後のフィクショナルな主体
先日、『地上はどんなところだったか』内藤礼展(ギャラリー小柳,05年4月1日~5月14日開催)を見に行った。銀座のビル8Fの会場に入ると、「ある一瞬間、生の外に出た私のうちに死者のまなざしが生まれるとき、死者は地上の光景を思い出す。」と書かれた作品リストを受付で渡される。白壁の両側にL判サイズくらいの雲の写真が5点、ぽつりぽつりと貼ってある。色の再現の悪い少し昔の写真みたいに赤味が強かったり、黄色かったりするが、 一般的な銀塩カラープリント(C-type)である。

写真的には特にどうということもない。素人が撮ってアルバムに貼ってあった古い写真を剥がして持ってきたみたいなありきたりさ・・・いや、そんな風に「アルバムから剥がしてきた・・・」と想像してしまうのは、すでに自分が「死者の眼差しでこの世を見てみよう」という内藤の誘いに乗りつつあるからだ。

展示スペースの奥の方へ行くと、白い紙片をアクリルの板で挟み込んだものが6枚天井から吊されている。紙片をよく見ると、オレンジから赤へというようにごく淡い色のグラデーションが付けられている。白の1枚を除く5枚は、青から赤へと連続する光のスペクトルを構成している。空間には光が満ちていることの素朴な表現だ。以上が《地上とはどんなところだったか》(2004~2005)と題する作品群。

直径1センチの丸い鏡がギャラリーの壁の両側に数メートル隔てて向かい合わせに貼り付けてある。シャープペンの芯のような小さなモノをこの合わせ鏡の間に差し出せば、2枚の鏡に永遠に反復する像が映るのだろうが、それを目で確認するには私たちの顔は余りに大きすぎて邪魔になる。だから、理屈としてそうなっているだろうと想像するばかりだ。題して《世界に秘密を送り返す》(1996)。

こう言ってはナンだが、小学校の理科的な発想で、この世の神秘を見いだそうとしている。勉強が進んで、この世の神秘と自分との間に膨大な理論が積み上がってしまう以前の段階。幼い子どもが持つ魔法的世界観を残しつつ、この世の秘密を探求しようとする知的な視線が芽生えてきた頃、この世の神秘はどのように感じられたのだったか--そんな感覚を思い出すようにと誘われる。

内藤は繊細なモノを作る作家ではあるが、造形作家がしばしば獲得している制作物をニートに仕上げる技術、”プロ”を感じさせる手練れは、これらの作品からは完全に排除されている。素人写真だったり、素人の手作業ようなクオリティが与えられている。紙片を挟むアクリル板の切断面の処理だって、いかにも手作業を感じさせる無頓着さが見られる。

これがもし、写真としてのクオリティが高かかったり、造形物としての見事さが際立っていたりすると、鑑賞者の意識が作品自体に向かってしまうだろう。しかし、内藤がこの個展で立ち上げようとしている「死者の眼差しでこの世を見る」というフィクションは、作品自体が語ることよりも、むしろ、こうしたモノを作る者の存在を関知させることで補強されているのだ。こうしたモノを作る者--それは、この世の神秘に魅せられた小学生の女の子のように素朴な魂の持ち主である。無論、その存在自体が内藤によって準備されたフィクションなのだが。


■テンポラルなものにアウラを見よ
《舟送り》(2005)というシリーズの作品は、舟の形--といっても中央が窪ませてあるだけの簡単なものだが--をした数センチの粘土細工が糸で結んである。シリーズの前には、来場者が持ち帰れる折り畳まれた紙(*)が用意されていて、「舟送り その方法 その場所の土と水をこね 一そうの舟をつくる/(かわいた舟にあのすきとおった兎の膠をぬってもよい)/舟に糸を結ぶ!/あるとき 糸をほどき 舟にあなたのたましいをのせる/その場所に舟を送り返す/そののち」「つくられたものを放ち/与えられたものを返す」とある。

こうした文を読んだとき、さらにフィクションへ自身をのめり込ませていくことの出来る人は、内藤のファンとなるだろう。私の場合は、この文の主体を素直に受け止めることはできず(魂を乗せるったってねぇ・・・)、このフィクショナルな主体(=上で「この世の神秘に魅せられた小学生の女の子のように素朴な魂の持ち主」と形容した主体)を提示しようとする背後の存在、つまり内藤礼その人へと関心がシフトしてしまう。

つまり、会場が銀座の画廊という商品販売所のためもあるが、こんな仕掛けで世の中を渡っていこうとしている人が居て、それが現実に成功しているという事実(そして、こうしたニーズがあるということの意味すること)。彼女が提出しているフィクションはあまりに素朴で頼りない。粗っぽく言えば、「余命3カ月と宣告されたら世界が輝いて見える」というあの心境を日常で味わってみようと言うことだろう。それを貧しく(造形の豊かさに欠ける、材料の安価な)小さな儚いモノに仮託する。

市場に流通するさまざまな物語商品(アイドルやらアニメのキャラクターなど)が、市場を確保するためにフィクション強化に余念がないように思われるのに対して、内藤はいわばノーガードのように見える。受け手がフィクションの構築に積極的に参加しなければ崩れてしまう危うさ。しかし、それこそが消費されてしまわないための正しい戦術なのかも知れない。

《舟か花か礫か》(2005)は、数センチの付箋ような短冊を3枚束ねて、両端に穴を空けて糸を通して、糸に作ったコブで短冊がたわむように固定。両端を固定された3枚の短冊の中央部分をズラすことで舟の形を作り、そこに小さなガラス玉を載せた作品。糸を通した穴はじわじわと押し広げられ、この作品が壊れてしまう日は何年も先のことではないだろうと予想される。

ガラスケースに入れられて、画廊にうやうやしく展示されたテンポラルな存在者。簡単に作れるなんの希少性もない簡単な製造物--そうしたものにあえてアウラを見よと、内藤は言っているようだ。

これについては面白いエピソードがある。《舟送り》シリーズの中には、ガラスケースに収められたものとは対照的に、床置きの7個セットの作品がある。ところが、実際には6個しか見当たらなかったので、ギャラリーの人に問い合わせると、お客さんが誤って踏んでしまったのだそうだ。さらに、私がギャラリーを去った後、私の友人がやってきてもう1個踏んづけた。彼はギャラリーの人から、これまでに何度もあった事故で、会期中、時々補充しているという説明を受けたそうだ。

作品が壊れてしまう危険性を回避せずに、会期中、床置き展示が続けられたという点に注目したい。商品的には置き換え可能であっても、そのモノ自体はそれ1個しかないかけがえのない存在である(アウラ)と見せる一方で、しかしだからといって、その存在の永続を願うものではないのだ。この辺が非常に内藤礼の内藤礼たるところだと思う。


■《ナーメンロス/リヒト》の儚き存在者
ところで、この内藤礼らしさと、美術家として資本主義社会に生きる現実との間には、皮肉な乖離が生じている。

現代美術作品の市場価値は、主に作家の認知度、将来性(歴史的重要性)への評価=ブランドに依存していると思われる。ブランドというパラメータの前には、作品自体の制作費はほとんど無視される。美術の価値は、材料費、制作技術の高さや制作の困難さ、あるいは希少性といった工芸品や一般商品に対して行われる価値計算からは切り離されているのだ。

しかし、同じ作家の作品群の中での相対的に比較になると、とたんに、そうした習慣的価値判断が入り込み、わかりやすいところでは絵画はキャンパスのサイズで値段が決まったりする。その辺が、いつも奇妙に感じるところだが、内藤のような作家の場合、この奇妙さが特に際立つ。それは、上述のような彼女の戦術が習慣的価値判断と不協和を起こすからだ。

1カ月半という異例の長期に渡る個展であるが、私の訪れた期間終了3日前で、《舟送り》(1個45万円)や《地上はどんなところだったか》(写真は8万円、スペクトルの作品は45万円)、《舟か花か礫か》は(記憶では確か)1点も売れていなかった。それに対して、今回の個展でもう一つの主要な群を成す《ナーメンロス/リヒト》というシリーズ7点は完売していた(サイズによるが、だいたい70万円~)。

《ナーメンロス/リヒト》は後述するように、《舟送り》や《地上はどんなところだったか》と大きく違って、アウラを喚起するフィクションが、作家の費やした尋常ならざる努力によって支えられている点だ。だから、コレクターの習慣的価値判断にかなうのだろう。コレクターは、内藤礼が作品を通じておそらく最も受けとめて欲しかったもの=彼女のフィクションを信じてはいない。あくまでも彼女の市場価値を信じているのだ--むろん、これは推測でしかないが。

閑話休題。さて、奥のスペースの壁の三方には、これまで紹介してきたような儚きモノたちの守護神のごとく、65センチ×50センチといった大きなドローイング《ナーメンロス/リヒト》シリーズが掲げられている。それらには、円を基本モチーフにしたマンダラのような、あるいはフラクタル図形かオプアートのような形象が、ピンクの色鉛筆を使ってごくごく淡い色彩で描かれている。それらの形象は、光(Licht)のイメージとしては凡庸な表現で、なんら感銘を受けなかったが、色彩の非常な淡さが顔を近づけて観察するようにと誘う。すると、驚くべきディテールを発見する。色鉛筆のドローイングであるなら見つかって当然の、筆跡(線)やポツポツ打って描いたような点がないのだ。

ギャラリーの人によれば、「色鉛筆の先が触れるか触れないかの繊細な距離を保ちながら描いた」という。1枚の絵を描くのに膨大な時間と目も眩むような集中力の持続を要したことだろう。溜息が出る。確かにこれを描いた人間が居るということ--形象をよりも内藤の行為が見る者に迫ってくる作品だ。

このようにフィクションの立ち上げ方こそ異なるが、この作品にも、《舟送り》と同様の、作者の行為を最小にして小さくテンポラルなモノにアウラを見ようとする意志が現れている。なぜなら、ごく間近にこの作品に向かい合う時、ドローイングという行為の痕跡は消失して(namenlos:無名性)、代わりに紙のテクスチャの凸面に色鉛筆の塗料の粉が付着している状態があるばかりだ。これらの粉はテンポラルに紙の凸面に付着した儚い存在者なのだ。

この光景には目眩を覚えた。ミクロとマクロで2つの顔をもつ《ナーメンロス/リヒト》は、無名性と、信仰者の祈りのようにフィクションに没入する主体の力強い存在感との2面性も備えていて、作品に向かい合っていると、自分の意識の向かう先が、この二つの極(無名性/主体の存在感)の間を振動するからだ。内藤礼は好きにはなれないが気になる存在だ。


(*)この紙も、作品リストに《舟送り》シリーズの一つとして掲載されており、来場者に配られる資料ではなく作品として扱われている。来場者がこの紙を持ち帰るという行為自体を「舟送り」の儀式の一環に取り込むことで、来場者をフィクションに巻き込もうとする仕掛けと考えられる。

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写真と身体(「牛腸茂雄展-自己と他者-」)

三鷹市美術ギャラリーで「牛腸茂雄展-自己と他者-」を見てきた。彼が出版した3つの写真集の全ての作品や桑沢デザイン研究所時代の課題作品などを一挙に見ていくことが出来る素晴らしい展覧会だ。過去の展覧会で主要な作品は見ている人も、是非この機会に見に行くことをお勧めする。今回、特に写真集《日々》 (1971)と《Self and Others》 (1977)収録の全作品を順に見ていくことで、自分にとってはかなり面白い発見というか、体験ができたので、それを「左へ傾斜した水平軸」を切り口に3点メモってみる。

(1)撮影者と鑑賞者の身体
第一会場で、《日々》全24点に続いて《Self and Others》シリーズを順番に見ていくうちに、だんだん平衡感覚が微妙に狂ってくるようなむずがゆさが身体に生じてきた。原因を確かめるために、途中ではあったが会場内を引き返して、これまで見てきた作品を駆け足で振り返ってみると、水平が微妙に左に傾斜している写真が多いことに気づく。そして、《Self...》シリーズのラス前のセルフポートレイトまで辿り着いて、「ああ、そうか」と思った。

ロールシャッハテストの作品をバックにした牛腸の身体は股下くらいまでしか写っていないが、右肩がはっきりと下がり、右側にかなり重心が寄っているらしい様子が窺えるのだ。おそらくこれが彼の”直立”なのだ。彼が幼くして患った胸椎カリエスのなせる技なのだろうか。彼の視界はいつも微妙に左に傾いていたにちがいない。無論、水準器を厳格に使えば写真に水平をもたらすことは彼にも可能だったわけだが、左へ微妙に傾いた地平は彼のアフォーダンスの基礎になっていたため、僅かに傾けた方が彼にとって自然だったのではないか。鑑賞しているうちに生じた感覚の変調は、自分の身体が牛腸のそれと同調しようとしたために生じた齟齬であったとも言えそうだ。

(2)被写体と鑑賞者の身体--分離
《日々》シリーズには、はっきりと水平を傾けている作品が2点ある。偶然か、意識的か、どちらもやはり左へ傾いている。ひとつは、水飲み場の縁から飛び降りる少年を捉えた写真。現実には、飛び降りる少年は縁を蹴った勢いで前傾姿勢で落下しているのだが、カメラの傾きがそれをキャンセルして、彼はまるで垂直に飛び上がっているかのように写っている。

もうひとつは、大きなユニオンジャックを展示したショウウィンドウの前を右の方へ横切っていく女性の写真。強風に逆らって歩いているため、彼女は顔を手で覆いつつ前傾姿勢をとっている。ここでもカメラがその前傾姿勢をキャンセルしている。代わりに彼ら被写体の周りの光景が傾斜している。

この2枚の写真では、被写体が感受しているはずの力--少年の上半身をより前のめりにしようと引っ張る重力や女性の前進を阻む風圧といった力--を消失させて、その一方で、光景よりも被写体に鉛直軸の優先権を与えることで、いわば彼らを世界の中心に据えている。だから、鑑賞者の意識は被写体に寄り添うのではなく、牛腸と同じ視線--即ち、傍観者として、被写体を中心とする光景の中に何かを見出そうとする視線を共有することになる。

(3)被写体と鑑賞者の身体--同調
《Self...》には、こうした《日々》で見られた視線とは全く異なる視線が見られる。この作品集では被写体との心理的距離にさまざまなバリエーションが見られるが、やはり左にはっきりと傾いた2点の写真に注目した。一枚は原っぱに立つ少年の写真。左手にボールのような物を握り、背後にはゴム動力で飛ぶ模型飛行機が地面に置かれている。原っぱの限界とその向こうの家々のシルエットが作る地平線は、少年の頭上ギリギリをかすめて、左に下がっていくゆるやかな弧を描いている。少年がわずかに踏み出して重心を載せている右足がちょうど画面で鉛直になるように調節されており、まるで彼の軸足を中心にこの原っぱ全体が回転しているような感覚をもたらす。おそらく少年はほんの少し前まで、この原っぱを走り回っていたのだ。模型飛行機がそのことを暗示している。走り回っていた少年が身体感覚としてこの原っぱをどう記憶しているか--その身体記憶を鑑賞者もこの写真から感じとることが出来るわけだ。

もう一枚は、芝生のグラウンドを横切っていく少年(黒人?)の写真。バックはナイター用の照明と靄のせいだろうか、ほとんど白くとんでしまっている(おそらくシリーズ最後を飾る、靄の中に子供たちが走り込んで行くあの写真と同じ機会に撮影された写真ではないだろうか)。少年はやはりボールのような物を握って、こちらに笑顔を見せつつ、左の方へと走っている。水平が左へ傾いているせいで、少年の走りが加速していくような感覚が生じている。それは走り始めた少年自身が実際に感じている、加速する身体の心地よい躍動感と重なるものだろう。つまり、この2点の写真は、《日々》の2点とは反対に、被写体の身体に我が身を重ねるよう鑑賞者を誘っているのだ。

写真という一枚の静止画像を通してでも、撮影者/被写体/鑑賞者の間に身体感覚的関係が生じることが実感できた。こういうことは、我が身で実感しないと、なかなか納得感が湧かないものだ。

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